失うと・・・

私も受講したチルドレン大学のママたちの間で、特にもうすぐ小学校入学を控えた新1年生のママたちの間で、「トイレ」に関する話題が持ち上がっています。

うちも双子の長女と次女がそろって小学校に入学するので、興味津々な話題です。

トイレ、ちゃんとできそう?

和式の使い方知ってる?とか、男の子ならチャックだけ開けてできる?とか、そういうことですが。

日本でも昨今は洋式便所が幅をきかせてきましたね。
他人が座った便座にお尻を付けるのは・・・という意見はあるかもしれませんが、用を足す姿勢は洋式の方が楽ですね。
お年寄りや足の不自由な方でも、和式よりは適応しやすい。

家も洋式、外も洋式が当たり前になってきている中で、学校で未だに和式スタイルが採用されているというのは、私はありがたいことだと思います。
実際には完全洋式の学校も増えつつあるのか、とかその辺の情報には疎いのですが。
時代の流れが洋式に向かいつつあるのだから、あえて学校だけ和式を残す必要はないのではないか。など、これについては賛否両論あると思います。

でも、私はトイレのことに限らず、たとえ技術が目覚しい進歩を遂げて、古くからあるものや作業が実際には不要になったとしても、古いものもそのまま残しておきたい、と思うほうなのです。

例えば、身近なところでいくと、食器乾燥機が一家に1台の世の中になったとしても(私はまだ享受してませんが)、竹かごに茶碗を伏せて日に干す方法も覚えておきたい。とか、洗濯は洗濯機で、が当たり前になっても洗濯板の使い方は一応知っておきたいとか。
はたまたガス器具や電機調理器が普及して、野外での火おこしにもガスバーナーや着火剤といった便利なツールがあるとしても、とりあえずシンプルな火おこし方も知っておきたいとか。ふふ。これは極論ですね。
懐古主義、なんて言われるかもしれませんが。

マニアックな話をすると、私の職業は獣医師で職場は動物病院ですが、病院ではもう血球計算機と言われる機械を使って血液検査を行うのがスタンダードです。
うちもそうですが、そうではあっても、メランジュールと呼ばれるストローのような小さな希釈器具と顕微鏡を使って、つまり手動&目算で地道に赤血球や白血球を数える方法も忘れないでおきたいとか。

こんなことを言うのは、あれもこれも、どれもそれも、マニュアル的技術は一度失われてしまうと、取り戻すのがとーーーーーーっても大変だろうな、と思うからなのです。
もうすっかりいらなくなっちゃったな、と思う技術でも、この世からなくしてしまうのはもったいない。

なんて、トイレの話から一気にこんなところまで妄想が進んでしまいました。

私の住む家には神様がたくさんいます。

庭の立派な神様以外にも池には水神様が奉られ、大広間や台所にも鎮座していらっしゃいます。
義父は毎朝家の内外の神様のもとに新鮮な水を持って行き、二礼二拍手一礼を欠かさず行っています。
そこにはピシッとした空気が流れ、見ているだけでも背筋が伸びる思いです。
物や形だけでなく、こういう毎日の行いで心も受け継がれていくのだな、と感じさせられます。

これは家単位の話ではなく、地域の中にも様々な神事が受け継がれ、1年の間にいろーんな名前の行事が行われます。
「ひぎねん」「かざぎねん」「だぎねん」等々。この地方独特の言い方のようですが、初めて聞いたときはちんぷんかんぷんでした。ちなみに、漢字で書くと「火祈念」「風祈念」「駄祈念」です。これなら何となくわかるかも。火事に見舞われませんようにとか、台風の被害を受けませんようにとか、豊作ありがとうとかそういう意味合いらしいです。
年に1回は、この小さいコミュニティの中で神楽(かぐら)という神聖な踊りが奉納されたり。
改めて田舎のすごさを感じさせられます。
こういうまつりごとは大体何月何日と決まっていて、曜日に関係なく行われるので、お勤めの方は参加するのがとても大変だと思います。自営業や農家が多い土地柄だからこそ、同じ形で続けられるのかもしれません。
実際は毎月毎月集まって同じメンツで焼酎飲んで。
正直めんどくせぇ、という気持ちもないとは言えないです。これはみんな同じかも。
でも、世代交代して私たち「若いもん」にバトンタッチされたときに、「めんどくさいから、これやめようよ」とやめにしてしまったら、もう復活することはないような気がします。
それはなんだか恐ろしいことのように私には思えてしまうのです。
粛々と、次の世代に受け継いでいきたいものです。
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by hasamisa | 2010-02-12 00:02
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