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楽しいしいたけ栽培

バレンタインデーの日曜日、一家総出でしいたけの植菌をしました。
先週は一人、また一人といわゆる嘔吐下痢症という病に倒れ(私は3番目でした)、皆病みあがりのへろへろの体でしたが。

しいたけの栽培には、「原木栽培」と「菌床栽培」とがあるようですが、うちはもちろん原木栽培です。木もスペースもたくさんあるのに、使わないなんてもったいない。

朝食もそこそこに、まずは山から伐採したクヌギの木を運んできて。

男衆がドリルでチュイーンと穴を開けていき。
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今回はこんな種コマ菌が用意してありました。ホームセンターでも売ってるようです。
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これを穴にはめこんで、
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見えるかなー。穴が2つあって、左の穴に差し込んだところです。

あとはトンカチでトントン叩く。
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コマの頭が見えなくなるまで・・・
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トンカントンカン。ひたすら叩く。
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コマの扱いは子どもたちの楽しいお仕事となりました。

このホダ木を運んで伏せるのが一苦労。大人は筋肉痛になりました。
トンカチ仕事は幼児に任せ、小学生は運搬作業の手伝いを買って出てくれるので、とっても助かります。

子どもの数が多くなると、それだけ摩擦も増えてあっちこっちでワーワーギャーギャー、小さないさかいは絶えませんが、年長になるに連れて、大人が過剰に口出ししなくてもいろんなことを自ずから学んで身につけてくれるように思います。
自分がどんなことで役に立てるのか。どうすれば事がスムーズに運ぶのか。どこで主張してどこで引くのか。
教えようと思うとちょっと難しいことです。
子どもは本当に自然な存在ですね。
男の子たちは、自分は用済みと思うとさっそくゲームにしけこんでましたが・・・まあ、オンとオフでいいか。

大人8人、子ども9人(うち労働力は7人)で1日がかりでうったコマは計2000個以上!
ホダ木は、一体何本になったんだ??

現在、こんな感じです。
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山積みのホダ木の上に、切り落とした木々の枝がさらに山盛り。
ビニールシートをかぶせてるようなものでしょう。これでじっくり菌をまわらせます。

さてこのしいたけ、一体いつ生えてくるのか?
生え始めは早ければ今年の秋、もしくはさらに1年後、だって。
菌のまわり方でずいぶん違うのね。気長に待たないといけませんね。

しいたけの原木栽培、ちょっとした日陰スペースがあれば、どこでも簡単にできると思います。
かんたん栽培セット、ネット上でも多数みつけることができるけど、やっぱり高いね~!
コマ打ち済みで、1週間ほどで収穫できるものもお手軽だけど、やっぱりトンカチでトンカンは自分でやってみたいよね・・・

しいたけのいい絵本ないかなー?と探し中です。
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by hasamisa | 2010-02-17 10:16

失うと・・・

私も受講したチルドレン大学のママたちの間で、特にもうすぐ小学校入学を控えた新1年生のママたちの間で、「トイレ」に関する話題が持ち上がっています。

うちも双子の長女と次女がそろって小学校に入学するので、興味津々な話題です。

トイレ、ちゃんとできそう?

和式の使い方知ってる?とか、男の子ならチャックだけ開けてできる?とか、そういうことですが。

日本でも昨今は洋式便所が幅をきかせてきましたね。
他人が座った便座にお尻を付けるのは・・・という意見はあるかもしれませんが、用を足す姿勢は洋式の方が楽ですね。
お年寄りや足の不自由な方でも、和式よりは適応しやすい。

家も洋式、外も洋式が当たり前になってきている中で、学校で未だに和式スタイルが採用されているというのは、私はありがたいことだと思います。
実際には完全洋式の学校も増えつつあるのか、とかその辺の情報には疎いのですが。
時代の流れが洋式に向かいつつあるのだから、あえて学校だけ和式を残す必要はないのではないか。など、これについては賛否両論あると思います。

でも、私はトイレのことに限らず、たとえ技術が目覚しい進歩を遂げて、古くからあるものや作業が実際には不要になったとしても、古いものもそのまま残しておきたい、と思うほうなのです。

例えば、身近なところでいくと、食器乾燥機が一家に1台の世の中になったとしても(私はまだ享受してませんが)、竹かごに茶碗を伏せて日に干す方法も覚えておきたい。とか、洗濯は洗濯機で、が当たり前になっても洗濯板の使い方は一応知っておきたいとか。
はたまたガス器具や電機調理器が普及して、野外での火おこしにもガスバーナーや着火剤といった便利なツールがあるとしても、とりあえずシンプルな火おこし方も知っておきたいとか。ふふ。これは極論ですね。
懐古主義、なんて言われるかもしれませんが。

マニアックな話をすると、私の職業は獣医師で職場は動物病院ですが、病院ではもう血球計算機と言われる機械を使って血液検査を行うのがスタンダードです。
うちもそうですが、そうではあっても、メランジュールと呼ばれるストローのような小さな希釈器具と顕微鏡を使って、つまり手動&目算で地道に赤血球や白血球を数える方法も忘れないでおきたいとか。

こんなことを言うのは、あれもこれも、どれもそれも、マニュアル的技術は一度失われてしまうと、取り戻すのがとーーーーーーっても大変だろうな、と思うからなのです。
もうすっかりいらなくなっちゃったな、と思う技術でも、この世からなくしてしまうのはもったいない。

なんて、トイレの話から一気にこんなところまで妄想が進んでしまいました。

私の住む家には神様がたくさんいます。

庭の立派な神様以外にも池には水神様が奉られ、大広間や台所にも鎮座していらっしゃいます。
義父は毎朝家の内外の神様のもとに新鮮な水を持って行き、二礼二拍手一礼を欠かさず行っています。
そこにはピシッとした空気が流れ、見ているだけでも背筋が伸びる思いです。
物や形だけでなく、こういう毎日の行いで心も受け継がれていくのだな、と感じさせられます。

これは家単位の話ではなく、地域の中にも様々な神事が受け継がれ、1年の間にいろーんな名前の行事が行われます。
「ひぎねん」「かざぎねん」「だぎねん」等々。この地方独特の言い方のようですが、初めて聞いたときはちんぷんかんぷんでした。ちなみに、漢字で書くと「火祈念」「風祈念」「駄祈念」です。これなら何となくわかるかも。火事に見舞われませんようにとか、台風の被害を受けませんようにとか、豊作ありがとうとかそういう意味合いらしいです。
年に1回は、この小さいコミュニティの中で神楽(かぐら)という神聖な踊りが奉納されたり。
改めて田舎のすごさを感じさせられます。
こういうまつりごとは大体何月何日と決まっていて、曜日に関係なく行われるので、お勤めの方は参加するのがとても大変だと思います。自営業や農家が多い土地柄だからこそ、同じ形で続けられるのかもしれません。
実際は毎月毎月集まって同じメンツで焼酎飲んで。
正直めんどくせぇ、という気持ちもないとは言えないです。これはみんな同じかも。
でも、世代交代して私たち「若いもん」にバトンタッチされたときに、「めんどくさいから、これやめようよ」とやめにしてしまったら、もう復活することはないような気がします。
それはなんだか恐ろしいことのように私には思えてしまうのです。
粛々と、次の世代に受け継いでいきたいものです。
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by hasamisa | 2010-02-12 00:02

とかいのニンゲンといなかのニンゲン

田舎の生活と都市部の生活って、やっぱ大分違いがあるのかもしれない・・・と思いながら前回は書いていました。

「環境格差」なんて書いてしまいましたが、別に「都会の生活を捨てて田舎に住もうぜ」と言ってるわけではないのです。
ただ、何か自然体験がしたーい!って思ったときに、それを達成するまでに要する時間とか労力とか、田舎で生活する人からみると想像を絶するような大変さがあるかもしれない、とは思います。

逆に、私は博物館に行こうとか、お仕事系のテーマパークに子どもを連れて行こう、とか思うとちょっと苦労しないといけません。
学校や習い事の選択肢も少ないです。
校区内の学校が万一子どもの肌に合わなかったら、相当な悩みになると思います。
「バイオリンが習いたい」と言われても、無理かもしれません。

だから、一長一短でどちらがいいとは言えませんね。
私は暮らすならやっぱり田舎の方がいいけど・・・

でも、子どもにはできるだけ自然の中でいろいろな体験をさせて、いろんな不思議に遭遇してほしい。という願いを持つ親は多いですよね。

だから、自然が豊かなところに住んでいる私が享受できる体験を、街の中でも別の形で受け取ることはできないかなー?と。そういうところに頭を使いたいと思うのです。

このえほん、よかったです。

ことりの おさら 絵:叶内拓哉・写真 出版社:福音館書店

親にも子にもハードルが高くなくて、やろうと思ったらすぐできる。
本当に鳥が訪れてくれたら、ちょっと感動だろうなー。
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by hasamisa | 2010-02-11 00:02

田舎的生活

うちの写真を激写してみました。

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私は南九州に住んでおりますが、こちら南国はどこもかしこも梅が満開でございますー。これはうちの池のほとりです。


大きな金木犀の木に夫君お手製のブランコがかけてあります。これまでのところ、私の体重にも耐えてくれます。
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子どもたちは、2人、3人と団子になってキャーキャー言いながら、危険な立ちこぎ遊びをするので、そのうち壊れて誰か泣く羽目になるでしょう・・・
バックに見えるのはお茶畑。うちは三方をお茶畑に囲まれております。


庭には神様がおります。(撮っていいんかいな?ドキドキ)
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鶏さんとウズラさん達。
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うちは自然任せで、温度管理しません。南国と言えども、冬はそれなりに冷えるので、卵の供給は長らくサボり中です。現在、ただ飯喰らいとなっております。そろそろ産んでくれー。
子どもたちは卵の回収を手伝います。時々、ポシャッと地面に食べさせてます。そして私に「こらーーーっ」と言われます。


ここは義父の所有する猟犬達の運動場の中。広くて快適です。
「酢の物つくるから、酢みかんとってきてー。」(カボスだのへベスだの、名前のようわからんものまで、九州にはいろんな種類の酢みかんがあるようです)
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「久しぶりに雨がふったね。しいたけとってきてー。」
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(収穫してしまったので、ほとんどついてませんね・・・)
てな感じの食生活が送れます。豊かですね。

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これは猟犬の1頭。この時期は毎日、猪狩りに忙しいですが、こいつは年寄りなので置いて行かれちゃいました。後ろにみえるのは「晩白柚(ばんぺいゆ)」。ザボンの1種らしいです。犬もけっこう大型なのですが、ばんぺいゆの実が子どもの頭くらい大きいので、小柄にみえちゃいますね。



私は結婚して初めて、こういうキング・オブ・田舎みたいなところで生活し始めたので、みるもの全てが珍しく、あらゆることが豊かだなぁ、と感動してしまいます。
交通の便は良いとは言えず、娯楽もありません。
例えば、マックに行こうと思ったら、1時間以上車をとばさないといけない。

でも、子どもが育つ環境を考えると、都市部と田園地帯では「環境格差」があるなあ・・・と感じてしまいます。
どちらが好きかは本当に人それぞれですけどね。
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by hasamisa | 2010-02-09 00:01

チルドレン大学

うちには4人の娘がいます。

一番下の四女(四女、っていう言葉は最近なかなか耳にしない貴重な言葉だねー、とよく言われます)が産まれてまもなく、私はマミ~と呼ばれる人に出会いました。ネット上で。

どうぞこれをご覧になってください。

 VISION

子育て中のママだけでなく、社会のあらゆる立場にいらっしゃる方々があらゆる場面で「あ!」と感じてしまうのではないか?と思うお話をされています。
なんだかすごいパワーのある、ちょっと変わった(興味深い、面白い、という意味でね)女性です。
でもそのパワーはグイグイと心に迫ってはきますが、決して力で押し付けるようなforceではないと思います。
もっと、厳しくも温かく包んでくれるような力のように感じます。

私が最初に読みふけったのはこちらのページです。

 学力は全米トップ0.1% 秘訣は幼児期の教育!

何度も何度も読み返し、何度も何度も反省させられました。

そして、なんだかおぼろげで先のみえてなかった育児の中心に、大木のような安心感が生まれました。
今思うと、日々あんまり自分の頭で考えてなかったなー。

そして、チルドレン大学というものを受講しました。
一般的な講座という言葉から連想されるような堅苦しいものではありませんが。

あれから1年間。
私の子どもが特別な才女になった、とかいうことはありません。

ただ、私の心の持ちようはずいぶん変化したように感じます。
相変わらず、様々な情報が寄せては返す日常で、あちらへこちらへと揺さぶられますが、「まあ、大丈夫」と思える何かが芽生えたように思います。

そして、今も自分に問い続けています。

あんたの子育てのビジョンはなあに?
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by hasamisa | 2010-02-08 00:15

癒し

動物は癒しの存在として語られることが多いですよね。

なぜ動物は私たちに癒しを与えてくれるのでしょうか?

人と動物との関わりを考えるには、私たちが彼らを家畜として利用するよりもずっと昔までさかのぼらなければならないかもしれません。

つまり、太古の昔、人が原始人として裸同然の暮らしをしていた時代に想いを馳せると、目の前でゆったりと草をはむ草食動物の群れを見るときには、人間もやはり肉食獣の脅威や自然環境の急激な変化を感じることはなく、安心していられたのではないでしょうか。
逆に、このような捕食される側の動物の群れが突然そわそわして辺りを気にし始めたり、落ち着きをなくしてその場からいなくなってしまったら、人もまた心がざわめき、何らかの心の準備をしなければならない状態になるのではないでしょうか。
一説には、このようないわば「原始の血」とでもいうべきものが、癒しや不安の気持ちにつながっているのではないか、と言われています。

ところで、私の職場は動物病院です。

先日、飼い主さんが旅行に行かれるということで、長らく猫ちゃんを預かりました。
猫は環境の変化を嫌う動物なので、よほどフレンドリーな子でない限り、べたべたとなでまわしたりはしないのですが、この子は特別他人を寄せ付けない子でした。
必要以上に触らない、とはいっても、トイレの交換、ケージのお掃除、もちろん食事の管理はしなければならないのですが、簡単にはさせてくれない・・・
とりあえず革の手袋で手先を防御して、タオルやシーツを交換したり猫ちゃんを移動させるのですが、毎回鋭い牙と爪で決死の攻撃にあいました。
理想的にはこういうときも平常心で、テキパキ、サッサと終わらせるのが双方にとってベストなのでしょうが、私にはこれがとても難しい。
毎度毎度、心臓バクバクです。
これは当然相手にも伝わり、お互い余計な緊張を招きます。
とうとう、最後まで仲良くなれず、飼い主さんのお迎えでほっと安心、その後どっと疲れました。
慣れない場所で、よく知らない人にお世話されるのは猫ちゃんにとっても相当のストレスだったと思いますが、それを肌で感じる私にとってもやはり、すぐには心臓のバクバクがおさまらない、相当のストレスでした。

そして思うのです。

動物と一緒に暮らそうと決めたならば、心身ともに彼らに無用なストレスを与えないように心を砕かねばならないな、と。
育児家庭ではなおさらのことと思います。
それなりの環境は整えて食事を与えてはいるけれど、動物は不快感や過度の緊張、苦しみを感じている・・・
子どもはなんとなくそれをキャッチしているけど、大人は全く気付いていない。
せっかく子どもの情操教育にと動物を家に招き入れても、これではかえって逆効果ですね。
同じことは学校飼育動物や動物園にも言えることだと思います。

動物のことも子どものことも勉強中の身ではありますが、感じたことを書いていけたらいいな、と思います。
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by hasamisa | 2010-02-07 00:00